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慰霊の日

 本日(アップする頃には日付が変わってしまいましたが)、6月23日は沖縄県が定める「慰霊の日」。66年前の今日、沖縄戦を指揮した日本軍の牛島満中将(死後大将)が自決して、組織的な戦闘が終結したとされている日です。

 “終結した”ではなく“終結したとされる”と表現するのは、牛島中将が自決した後も島では、局地的な戦闘が続いていたためです。さらに、そもそも23日を慰霊の日と定めるには、軍民の別なく沖縄全域を戦場に変えた司令官が自決した日であり「慰霊にふさわしくない」という声もあります。

 とはいえ、僕はこの「慰霊の日」が好きです。「好き」と言う表現はちょっと適切でないかもしれませんが、その表現が一番近いです。戦争の犠牲者のことを考えるとき、僕の暮らす本土では、至極「政治的」な匂いがしてきます。8月15日の政治家達による「靖国参拝」がいい例でしょう。でも、沖縄の慰霊の日からは、戦死者を悼むという行為の根源的な意識を感じるからです。

 沖縄戦において最大の激戦が繰り広げられた糸満市摩文仁の平和祈念公園では、戦争で亡くなった人々の名前が刻まれた「平和の礎」の前で、その遺族がお弁当を広げて手を合わせています。なかには、子供や孫に戦争の体験を話し聞かせている様子も見られます。この光景は、平和祈念公園だけでなく、23日の沖縄ではいたるところで見られ、そのどれもが祭り上げられた“慰霊祭”というものではなく、とても自然体に映るのです。

 戦争の遺族それぞれが、それぞれの場所で犠牲になった故人の思い出を振り返る沖縄の慰霊は、「死者の顔が見える慰霊」です。もちろんそれは沖縄戦という苛酷な体験に裏付けされているのですが、戦争を体験していない世代が戦争を考える上では、とても重要な要素です。ここしばらく話に出ませんが、「靖国問題」や「国立追悼施設」といった戦争で亡くなった死者の魂に政治が絡む場合にはとくに重要です。

 今年は行けませんでしたが、今後もできる限り6月23日の沖縄の空気は吸っておきたいと思います。

 ウノカズタカ

祈り

お供え

写真はどちらも6月23日の糸満市摩文仁の魂魄(こんぱく)の塔(上は2007年、下は2010年撮影)
魂魄の塔は沖縄戦後、いたるところに放置されていた遺体を住民が自発的に回収して建てた慰霊碑
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